| 時をかける少女 |
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| 今更ながら鑑賞したのでここでレビューする。
噂ほどの出来ではない。
まず感じたのは、地上波のアニメと比べ声優陣の演技が自然体を意識しているということだ。あのアニメ独特のぶりっこ的なオーバーアクションを嫌う人は多いが、それをなるべく排除した点についてはオタク層以外の一般層からもある程度の支持を受けたことになる。しかし地上波のアニメを見れば見るほどこの作品の声優の演技力には疑問を感じることになるはずだ。明らかに棒読みである。 もしこの作品の脚本を実写で映像化した場合、我々は役者の「動き」と共にその台詞の意味を汲み取ることができるが、アニメにおいて実写と同じレベルの感情を台詞に込めたところで、視聴者にそれ相応の意思伝達を可能とすることは不可能である。これは視野から伝達される情報の次元の違い(二次元と三次元)にあることは明らかであり、そのためにアニメ声優はオーバーに振舞うのであって、この部分をいかに評価するかによってこの作品の評価が分かれる。 またこのことについては、ピタゴラスイッチでも有名な慶応大学の佐藤教授が著名である。学術的にも人間の脳とアニメーションの関わりは研究が進められている。
さて次は脚本についてだが、これはアニメとしての評価と映画としての評価は全く逆となる。映画として見ると、この手の展開を見せる脚本は猿の惑星の時代にほぼ完成し、最近のマトリックスによって完全に開拓され尽くしたと考えても良いと思われる。どこかで見たことのあるような脚本と設定、そして舞台背景のつなぎ合わせによってのみ成立しているこの作品の脚本には、残念ながら独自性が見られず、全てにおいて二番煎じと言わざるを得ない。 アニメとして見ると、こちらでも似たような脚本は多く見かけるのだが、ある意味でそれらの集大成であり、見ていて面白いアニメに対する脚本のプロットとその視覚効果についての一種の答えの提示であると考えられる。主人公のどのような心境の変化に目をつけ、そしてそれに翻弄される周囲の人間が主人公に与える影響を作品のテーマの伝達に利用する上で、最も基本的な手法を用いたのがこの作品である。また、この手の技法は欧州ではともかく、アメリカではあまり歓迎されないということも覚えておいてもらうと嬉しい。
BGMや背景について追求することもできるが、字数制限のためここまでとする。作画についてはその手の人に任せよう。
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6月17日(日)15:35 | トラックバック(0) | コメント(0) | 趣味 | 管理
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