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エロゲと英語のブログ
 

AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する


2008年2月21日を表示

卒業したい

アニメによって増えたにわか厨へ

どうやらCLANNADのアニメ化により諸所で弊害が発生しているようであるが、私はまだ動いている渚をこの目で確認していないので、この問題についてとやかく言うことはできない。しかしながら、時折目にする絵コンテを含め、いくつかの構成を垣間見る限りは、今回も高クオリティーのアニメとなっているのだろう。その点は自明である。私もアニメの何たるかを語ることができるほど場数をこなしてはいないし、その点は彼らから見て私こそがにわかであって、アニメの出来について色々と文句を述べることはできない。
しかし原作、もといkey作品の多くをリアルタイムでプレイした私からの立場として、アニメで初めてCLANNADを知った皆様には、是非その周辺の予備知識として、この作品(原作)がどのような過程を経て登場したかを知っておいていただきたい。その上で原作をプレイしていただければ幸いだが、もしアニメだからいいのだなどとぬかす者がいるのであれば、その者にCLANNADを語る資格は無い。

正道はボイス無し

元々この作品の原作には、キャラボイスが用意されていない。「原作があったことは知ってるよ」という方々は、是非この意味を考えていただきたい。元々この作品はエロゲーというジャンルで開発され、その業界の特徴から、資金繰りに行き詰った場合のボイスカットもまま見られることへの関連付けも可能であるが、これまでkanon、AIRと大成功を収めてきたブランドが、そのような幼稚な行為に出るかと思えば、そうは考えにくい。
今一度問いたい。この作品は何故ボイスが用意されなかったのか? この部分に自分なりの答えを見出すことができれば、最早にわかなどと呼ばれることもないはずだ。

原作を超えることは無い

本来この作品はノベル形式で楽しむべき内容となっている。文章を視覚化することの難しさは、例えばハリーポッターの映画版を見ればよく分かる。
原作を製作した者の意図を忠実に再現することが、視覚化にあたっての命題ではないということを理解している者は、おそらくその業界に携わったり、よほどの業界通でなければ、ほとんどいないことだろう。それぞれの製作者は、製作することへのプライドをそれぞれ持ち合わせている。題名は同じ作品であっても、それぞれはそれぞれの製作者の作品であり、描いた内容は同じであっても、その作品全体を通して我々ユーザーが得られるものは、少なからず違いが生じる。アニメの素晴らしさは、原作のシナリオではなく、そのアニメを製作したスタッフ達、特にシナリオについて述べるのであれば、脚本家たちにこそ向けられるべきである。

CLANNADは、ノベル形式のPCゲーム作品である。
アニメ版のCLANNADは、あくまでCLANNADをアニメ化した作品である。



2月21日(木)21:43 | トラックバック(0) | コメント(0) | 趣味 | 管理


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