| 戦争論 |
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| 今更ではあるが、先日改めてこの書物を読む機会があったので、これについて少々述べたい。
読む価値あり。直ちに読むべき
我々が義務教育で学んできた歴史観についてはさておき、単純に学問としての「近代歴史学」とでも言えばいいのか、それについての考え方や資料の捉え方について、その正しい手法を紹介しているという点で、思想には関係なく、非常に価値のある漫画になっている。 歴史を検証する上で必要となる「資料」には、常に反証性が伴わなければならない。単に「見た」とか「聞いた」というだけでは、学問的にそれが事実として正しいかどうかを判断することはできない。なぜならばその詳言が正しいかどうか証明できないからだ。そのために当時のものと思われる資料のうち、「誰が」「どこで」「何のために」作成したか分かっている資料が最も優先される。この「確かさ」だけをただひたすらに追求して初めて見えてくるものが正しい歴史であり事実なのだ。これらの資料が多く揃い、それをいかに解釈していくかが最も難しい部分であり、また著者の小林氏は、この部分について、国民一人一人がそれを考え、解釈していく力をつけるべきだと述べている。
南京大虐殺についてはやや一方的展開すぎるか
この歴史的反証性について述べている章では、いわゆる南京大虐殺について取り上げられているが、客観的に見て、やや肯定派の提示する資料について、一方的に価値のないものばかりを並べている印象を受ける。肯定派の中にも、ちゃんとした資料を探し出して意見を述べている者もいるだろうし、そのような資料があって初めて、南京大虐殺が事実かどうかについて、意見を交わすことができる。 きちんと歴史学を学んだ学者の中にも、肯定派の人間が少なからずいるはずである。彼らの取り上げる資料のうち、確かなものがあるならば、そちらも是非見たいものだが、なかなかどうして、素人の我々からすれば、それを探すことすら難しいから困る。残念ながらこの著書を読んだ段階では、南京大虐殺は無かったという意見が正しいと見るしかないのではないか。いわゆるラーベの手記についての解釈については、小林氏独自の解釈もやや加わっており、更なる検証が望まれる。 とりあえず30万人も殺せないという意見だけは私も全面的に肯定である。数学的に考えて無理だ。当時の南京の人口である20万から30万を引いてみたが、どうも値が負になってしまう。これについて、美しい証明ができる者がいれば是非コメントを頂きたい。
残りの部分はご自由に
書かれている内容についてどう思うかは個人の自由であるし、私の意見を述べたところで、ネット界隈におけるこの手の議論は荒れるだけなので、むしろラジオ内でスレを伸ばすためのネタとして取っておきたい。戦争を体験した人たちの声を生で聞くことは確かに有意義なことであり、そこから学べることは多い。だが常に「それは何故か?」と考える心を忘れずにいてほしい。色々なことを自分なりに考えることで、歴史観にしても科学にしても、そうして進歩していくのだから。
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10月16日(火)00:44 | コメント(0) | 趣味 | 管理
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