| エロゲ回顧録 Kanon |
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| 最早Kanonも古典的エロゲでしかないのか
いや、今のエロゲがそれだけ技巧的に発達したとでもいうべきなのだろうか。 再度プレイしていて、後半になればなるほど残念に思えてくるその「感覚」は嘘ではなかった。もしKanonが今年発売の作品だったりしたら、きっと名すらも知られない凡作エロゲの一つとして忘却の彼方だったのだろう。
昨今のエロゲと比べると、明らかに質の下がるシナリオについては、最早完全に古典の域である。しかしそれでもなお、この作品がこの業界に与えた影響は計り知れないからこそ、この作品には傑作以上の評価を与えるべきではないか。 まず、後半の展開があまりに露骨すぎる。逆に言うとこれがあったからこそ昨今のエロゲがそれを改善することができたとも考えられる。シナリオのプロットが非常にシンプルで、特に深い読みをしてみたり、よっぽど馬鹿でない限りは、その結末に疑問を持たなければならない。これについてKanon発売当時は、それを「奇跡」という言葉一つで解決できた。それだけ当時はKanonのシナリオが異質であったのであって、それでは今となってはどうかという話である。
この時点で、クリスマスの朗読に関しても、果たしてこの作品が発売された当時の視点で、どれだけのリスナーが楽しむことができるかという疑問が生じるわけだが、葉鍵板の住人若しくは昔からのエロゲを知っている人でなければ、この感動を共に味わうことは非常に困難なことかもしれない。特に後半の展開について、どういった流れがあってその結末に辿り着いたかが明文化されていないだけに、多くの人が、その急展開についていけない可能性が生じる(この部分に関しては、アニメ版の単独勝ちとなることは目に見えている)。
しかし音楽については、key作品最高の出来と言ってもいいぐらいの完成度が今となっても健在である。EDとOPのシナリオとのマッチングは昨今のエロゲでもほとんど到達し得ていないレベルであり、これだけでも一見の価値有りといえる。 CGに関しても、いたる画はこうあるべきと考える古参葉鍵ゲーマーやエロゲーマーにとっては、その懐かしさだけて涙腺が緩むことは間違いない。これを知らない最近のエロゲーマーやアニメしか知らないアニヲタはこれを見てアニメ版のクオリティーの高さを再認識しようとするのだろうが、あらかじめ言っておくと、古参ゲーマーにとってはアニメ版の作画と原作版のいたる画は別物なのであって、いたる画とアニメ版の作画を比べてはならないということが一種の不文律となっているということを覚えておいてほしい。
時代は変わり行く。過去の軌跡は現在の礎となり、更に高みを目指す。かつてそこにあった「奇跡」の作品を知ることは、これからのエロゲ業界を占ってゆくなかでも、非常に大事なことである。
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12月17日(日)03:19 | コメント(0) | 趣味 | 管理
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